【社員が辞める本当の理由】創業メンバーが全員退職…組織崩壊で気づいた「社長の間違い」【サムシングファン/薮本直樹 代表/中編】

動画でわかること

  • 創業13年目、創業メンバーが全員辞めた経緯
  • 「プロセスを愛せない挑戦はしんどい」という気づき
  • 社員を尊敬してはいたが、信頼はしていなかった
  • 社内で本音を話す場をつくって変わったこと
  • 社長が会社との「関連度」をあえて下げる理由

1分で読める要約

株式会社サムシングファン代表取締役社長・薮本直樹さんへのインタビュー中編。見よう見まねで「会社ごっこから会社に」してきた創業期から、組織崩壊を経て立て直すまでを振り返ります。創業13年目、長年クリエイティブを統括してきたナンバー2の退職をきっかけに、創業メンバーは全員辞めていきました。当時の薮本さんは、課題はメンバーの側にあると考えていたといいます。

転機は、立て直した後に信頼していた社員まで辞めたことでした。初めて自分の意思決定を疑い、EOのフォーラムで「社員を尊敬してはいたが、信頼はしていなかった」と気づきます。社内で本音を話す場を始めると、自分の幸福が会社に依存していたことが見え、会社の空気は数ヶ月で好転。10ヶ月ほどたった頃には、社員から初めて「会社でかくします」という言葉が出てきました。

動画では、プロセスを愛せない挑戦はしんどいという気づきや、社長が会社との「関連度」をあえて下げ、幹部には上げてもらうという考え方、上場企業へのグループインを選んだ理由についても語られています。

気になるところから動画で見る

00:00 ダイジェスト
00:29 本編開始
01:42 創業~13年のトピック
07:40 13年目の組織崩壊と気付き
16:21 課題に気付いた後の取り組み
25:23 宣言後の変化
27:21 次回予告
27:40 エンドカード

インタビュー全文を読む▼

文字起こし(音声認識)を読みやすく整形したものです。実際の発言と細部が異なる場合があります。

本編開始

石川:では後半編ということで、サムシングファンの経営を振り返りながら、より詳細に経営のノウハウをお伺いしていけたらと思います。

薮本:わかりました。

石川:最初にサムシングファンの22年間ですかね。もし3つの時代に区切るとしたら、どんな風になりそうかってありますか?

薮本:創業してから13年経って組織崩壊をして、立ち直るまでの最初のワンタームが、創業チームが結果として全員いなくなるみたいな。そこが1つ目ですかね。そこから新たなメンバーと一緒にやり方というか、彼らとのチームの作り方を変えて、上場会社のグループに入っていく。そして上場企業時代を過ごすっていうところまでが2つ目ですかね。そして3つ目の時代が、そうですね、ちょうどコロナが始まった年に私たちも独立しまして、新たな成長戦略を目指そうという中での右往左往的な感じでしょうか。

石川:前半戦でお伺いしたSWOT分析のT、脅威からチャンスを、機会を作っていくってところが、このグループからカーブアウトする前後くらいかなと。そうしたら、いろんなフェーズの経営者さんが聞いてらっしゃると思いますので、まず創業からの13年間、この期間についてお伺いしたいんですけど、この期間、経営上のトピック、成功・失敗みたいなところでいくと、どんなことがあったんでしょうか?

薮本:はい。

創業~13年のトピック

薮本:そもそも僕自身が、やっぱり自分自身を世に問いたいというか、何者かになりたいって思いが若い頃から非常に強くて、その1つの方法として動画っていうのもありましたし、起業っていうのもある中で、経営者っていうことをしっかり理解した上で何か志を持って起業したわけではないので、最初はがむしゃらに働いてですね。一緒にいるメンバーも、最初から赤の他人を仲間にするって決めてて、友達とかじゃなくて1から採用するわけですけども、彼らにもがむしゃらに働いてもらって、儲かったなって言って夜中に飲みに行って、また朝4時ぐらいから仕事するみたいな、海賊みたいな経営をやってたんですね。

薮本:で、当時は最低資本金制度っていうのがありましたから、会社を作る時にやっぱり最低限のお金っていうのは必要でしたけど、言い方悪いですけど労働基準法とかも非常にグレーな時代だったと思いますし、ぐちゃぐちゃでしたよね。今だから言えますけど、自分たちも見よう見まねで、給料ってどうやって払うのとか、税金どうしたらいいとか、ちゃんとした会社ってどうやってやってるのかっていうのを1つ1つ見よう見まねで、専門家に聞いたりとかしながら、1個1個、会社ごっこから会社にしていくっていうのが最初のフェーズですかね。

薮本:本当にがむしゃらに、赤の他人も含めてチームを作って、いろんな失敗・成功をしながら、ちょっとずつちゃんとした会社にしていった。

石川:この時、伸びてたところで、どれくらいの売上と規模くらいまでいったんですか?

薮本:初年度が3,600万で、その次4,800万ぐらい。大体10%から15%ぐらいずつ伸ばしてるって感じだったんじゃないかなと思うんですけどね。でも変な話、起業する人全員そうかもしれないですけど、1億とかなんてもう1年で行くでしょうぐらいに思ってたんですよ。あ、意外と大変なんだなとか。社員が辞めるとかも、会社ごっこな会社なんで、辞める人ってすぐいなくなるんですよ。だからちょっともう名前も覚えてないぐらい。残る人がいい社員じゃないですか。優秀な人とかじゃなくて。

石川:創業最初は絶対的にそうですよね。

薮本:辞めない人がいい社員なんで、みんな辞めないんだけど、そんなに夢もないというか、不思議な感じでしたね。

石川:そんな中で、やっぱり成長10%、15%とかでしながら形ができていくわけじゃないですか。そこから何かまたきっかけがあって会社が変わっていくんだと思うんですけど。

薮本:そうですね。やっぱり1つはいろんな危機だと思うんですよね。特にキャッシュフローとか銀行からの融資とか、そういう知識もない中で経営を始める中で、4年目ぐらいに1度、キャッシュフローが尽きますよと、これ現金なくなりますよっていう話を税理士からされて、ちょっと意味が分からなかったんですよ。黒字なのになんでお金がないんですかみたいな。説明されてもちょっとよくわからんみたいな。

薮本:税理士に言われるがままに、当時社員のメンバーに給料待ってくれとかですね、経費使わないでくれみたいなこと言うと、めちゃくちゃ怒られるわけですよ。それはちょっと社長がちゃんとやってもらわないと困りますみたいな。え、昨日一緒に焼肉食べてたのに、みたいな。そんな感じだったんですけど、でもそこで割と素直に、社長がちゃんと学んでやるべきなんだなっていうことで。幸いにも黒字ではあったんで、すぐ銀行も下りて、特に大した問題ではなかったんですけど。

石川:世の中の経営者っていうのは、最初に色々投資をして事業をやって、キャッシュインするまでの間、銀行からお金借りて、みたいな。そういう当たり前のことも3年目ぐらいにようやく学ぶ。そこで、あ、そうか、これが経営者の仕事なんだっていう風に思う、薮本さんの素直さがありますね。

薮本:そうですね。そこはやっぱり末っ子気質なんですよね。末っ子なんですよ。だから、ちゃんとしてそうな人に話を聞きに行くっていうのが、あまり自分にとって苦手ではないというか。でも言う人によって言うことが違ったりするじゃないですか。そういう時も、どのお兄ちゃんが1番ちゃんとしたお兄ちゃんかな、みたいな。そんな感じですよね。

薮本:そうこうしてるうちに東京に出て、リーマンショックがあり、会社間取引とかでも結構法務上のトラブル、いわゆる裁判になったりとかするんですよね。で、その時にやっぱり発注書をちゃんと残しておくとか、納品における校了をちゃんと残しておくって大事なんだなとか。上場企業だと当たり前にやってるようなことが、ゼロイチで作った中小企業だとあまりよく分からなかったりするわけですよね。口約束で仕事進めてたなとか、それで取りはぐれるとか。これちゃんと契約もやらないといけない、ちゃんと証跡も残さないといけない。

薮本:かつ、さっきの資金繰りの話もそうですけど、「徹底納税主義」って当時呼んでたんですけど、徹底的に納税して内部留保金を貯めないといけない。こういう経営みたいなことの重要性に、失敗して気づく。そこで気づいたから教えてもらう。結構ここ重要なサイクルだと思ってて。知らないことは学べないじゃないですか。

石川:いや、間違いないですね。

薮本:で、本当は痛い目に遭わない気づきの方法があればいいなと思うんですけど、当時は僕はその方法が分からなかったんで、とりあえずやって、痛い目にあって、気づいてから学ぶみたいな、そういうことをやり続けてた時期だと思いますね。

石川:この期間、会社として営業がめちゃめちゃあったんですか?やっぱり。

薮本:営業してるメンバーが限られているっていうのと、自分は営業めっちゃ大好きなんですよね。だからそこがあまり苦じゃないっていうか。営業ってゲームみたいなもんだと思ってて。つまり赤の他人と出会って、その人がかけがえのない仲間になるとか、大事なお客様にするためのオセロゲームみたいなもんだと思うんですよ。

薮本:で、例えば100人の人と今月知り合いました。この100人の中で何人が僕の人生においてかけがえのないお客様になるのかとか、パートナーになるのかっていうことを答え合わせしていくゲームなんですよね。それがめちゃくちゃ面白かったですね。最初すごい無礼な人とか、本当偉そうな人とかが、大切なお客様になった時にツンデレというか、デレるじゃないですか。だから怖そうな人とかめちゃめちゃ好きだったんですよ。

石川:営業ってのはゲームだと。もう誰が自分にとっての大切なお客さんや人間になっていくか、そこを試していくゲームですよね。これ今聞いた理由っていうのが、失敗しながら、それでも学んで何とか形を作っていくっていう経営スタイルで伸びていく企業様ってたくさん見るんですけど、だいたい社長に営業力があるんですよね。

石川:ちょっと本当面白いなと思ったのが、さっきフリーランスの方が悩んでること、困ることは何かっていう、営業・契約・資金繰り。薮本さんも創業当初まさに契約と資金繰りはめっちゃ困ったと。でも営業力があったから、そのまま伸びてきたっていう、そんなような話なのかなと、ちょっと繋げて理解してました。

13年目の組織崩壊と気付き

薮本:会社としても学びながらやってくる中で、13年後のタイミングで組織崩壊をするわけですけども、やっぱり学びながら思ってたことは、自分も盛和塾っていう、京セラの創業者の稲盛さんの塾に入らせてもらったりとかで、結構体系的にいろんな学びをしていこうとすると、会社っていうのは永続的発展というか、強く成長していかないと、柔軟に社会の変化にも対応できないし。そこは結構葛藤だったんですよね。

薮本:でもやっぱり一緒に働いてる、クリエイターの社員のメンバーとかは、やっぱり今の環境をよりよくするとか、今向き合ってる作品をよりよくするってことが重要ですよね。今だったら、それ役割分担でいいじゃんって話なんですよ。僕なんか親が離婚した時も、父親は職人気質で頑固、母親はO型で柔軟性があって、どっちかといえば営業で。全然お互いを責め合ってうまくいかなかったわけですよ。でも職人と営業がタッグ組んだら最強じゃんみたいな。

薮本:だから家庭マネジメントもやっぱりそこが大事だよなっていうのを当時思ってたのに、いざ自分がやってみると、自分は会社の成長が最優先、彼らは今の環境や今の作品や今の仕事の質を高めるのが最優先。一緒にやればいいわけですよね。それがやっぱりできなかったんですよね。

石川:盛和塾って、ちなみに最初の13年の中で行くと、何年頃から入ってたんですか?

薮本:31、2歳ぐらいで僕、入塾させてもらってると思うので、最初の5年が終わったぐらいからじゃないですかね。6年目とか。

石川:入ろうって思ったのも、色々学ばなきゃみたいな。

薮本:そうですね。もう会社経営に関しては全て、やっぱり初めてとか、トラブルになって初めてこれが課題だったんだって気づくの連続なので、同い年の優秀な経営者の人に壁打ちしてもらったりする中で、その1人に紹介されて入ったっていう感じですね。

石川:で、そんな中で理念経営を始めたっていうのは、タイミング的にはいつ頃からなんですか?

薮本:盛和塾の1つの教えとして、フィロソフィ、哲学という考え方がある中で、自分たちもそれを作っていかないといけないなっていうことを課題としては持ってました。そこに対して、別に当時メンバーもめちゃくちゃ反対するとか、そういうことじゃなくて、一緒に合宿とかやったりとか、まさにコンサルタントのような外部の方にも入っていただいて、試行錯誤をしていたっていう感じですよね。

薮本:ただ、従業員もそうですし、僕ら経営者もそうだと思うんですけど、どの時間軸でこれを実現していくのかですよね。プロセスを愛せない挑戦って、やっぱりしんどいじゃないですか。部活とかやってても、甲子園出るぞって、この目的だけでとにかく強く、技術を高めてうまくなるんだってなってると、やっぱり練習がしんどいですよね。プロセスを愛せないといけないっていうのがあると思うんですけど。

薮本:そこを彼らもそうだったと思うし、僕もと思ってるけど、今喋りながら思ったのは、やっぱり僕が焦りすぎてましたよね。30代ってもう10年しかない。この10年である程度本物の企業体になってないと、40以降はちょっと想像つかなかったっていうのもあるんで。だからもう今元気なうちにやり切りたい。この焦りはものすごくあったと思います。

石川:お客様のご支援してても、理念だとかフィロソフィみたいな形で、目的ここは揃ってても、時間軸が実は揃ってないってケース結構あるんですよね。社長、幹部、社員のところで。そこがずれてたっていうところと、名言が飛び出ましたが、プロセスを愛せない挑戦ってのはしんどいと。これ本当そうですよね。挑戦で目的はありますけど、目の前の現実ってのはプロセスですもんね。そのプロセスが楽しくないと、愛せないと、苦しいですよね。

薮本:はい。営業が僕好きっていうのも、プロセスが大好きだからですよね。元々冷たかった人が優しくなってくるとか、そういうのがやっぱり面白いなと思うんですよ。

石川:そんな中で、プロセスを社員みんなと一緒に愛せるようにとか、時間軸を合わせられるようにというのは、どんな風にやっていったんですか?

薮本:いや、当時は結果できなかったわけですよね。だから当時ナンバー2をやってくれていたメンバーから、薮本さんがやろうとしてることは別に間違ってるとは思わないけど、僕はそういう会社で働きたくないんですっていうメッセージをもらって。結構今でも覚えてますけど、京都から帰ってくる間、車の中で電話してて、本当2時間半とか彼と電話して。なかなかそういうすり合わせができなくて、彼が辞めるっていう意思決定をしたんですね。

薮本:その時に僕個人は、本当だったらさっきの話ですけど、課題にぶち当たって、ようやく自分の問題に気づいて学ぶ、の順番にすべきだったんですけど、当時はやっぱり僕も若かったのか、結局そのナンバー2とかうちのメンバーに課題があると思ってたんで、1mmも反省しないというか。あ、これでようやく会社がまともな成長志向になれるって思ってたんですよ。

薮本:今はもうこれ全部間違ってると思ってまして。当然彼らがいてくれた方が今もっと大きな会社になってるでしょうし、10年一緒にやってきてくれたのも全て彼らのおかげですし、当時、会社なりにキャッシュリッチで財務的にも何の問題もないという会社になってたのも、全て当時の彼らのおかげじゃないですか。そういうのがちょっとわからなかったですね。

石川:自分でも今のお話を聞きながら思うんですけど、お話を聞いてそうだなって頭では思っても、実際目の前で幹部社員が辞めますって言った時に、本当に課題をどっちに持てるかって、いつそれができるようになるんですかね。

薮本:難しいですよ。でも、とはいえ僕の知り合いがそんなことを反省して言ってきたとしたら、でもナンバー2が食らいつくべきだったとも思うんですよ。社長っていう存在的に。だからそれは結果、どっちもどっちなのかもしれないですけど、当時はもう僕はそもそもどっちもどっちとも思えてない。

薮本:ただ唯一、ナンバー2に僕、株を渡してて。株価が安い間に、一応給料から返済してもらうっていう前提で株をちょっと譲渡してて。それ辞める時にやっぱり買い取らないとダメじゃないですか。ちゃんと会社の当時の株価を計算して金額をオファーしたら、それすごい喜んでくれたんですよ。え、こんなにもらえるんですか?みたいな。それは〇〇さんが作った会社がそれだけの価値があるからですよっていう話をして、それ自体は結構喜んでくれたなって感覚があって。僕もそれはめちゃめちゃフェアトレードというか、彼らのおかげなんで。

薮本:逆に言えば、それ以外の社員からすると、やっぱり当時の社長がスピード優先で全然人の話を聞かない結果として、自分たちが居心地悪くなって辞めざるを得なかった。なんやねんって思ってるかもしれないですよね。でも数年後、その時辞めたメンバーと結構連絡を取り合う機会があって、本当に上場企業グループに入ったんですけど、当時薮本さんってスピード、スピード言いまくってましたよねと。今にして思えば、あれが正しかったのかもしれないですねって言ってくれた社員がいるんですよ。でも違うんですよ。彼らがいた方がもっと早くできたんですね。優秀な人たちでしたからね。

薮本:10何人で割と優良な会社、ちっちゃい会社ですけど、運営できたのは、やっぱり彼らの能力ベースが高かったんで。で、当時僕はどっちかっていうと営業の方を統括していて、そのナンバー2が技術、クリエイティブの方を統括してて。優秀なクリエイターでしたから、彼が抜けるってなったら、残りのメンバーもどっちかというとクリエイター寄りの人が多いんですね。

薮本:そうすると彼らからしたら、スピードだ、営業だとか言ってる社長と、技術はこうで、機材はこうで、これが正しいテクニックなんだってことを教えてくれるナンバー2が離れたら、どっちについていきますかってなりますよね。別に向こうについていったわけではないんですけど、不安ですよね。そこに残るのは。結果的に全員いなくなるっていう。

石川:そこで、本当に全員いなくなったんですか?

薮本:全員いなくなりました。13、4人ぐらいいたんですけど、全員いなくなったっていう感じですよね。直近で入っていただいた中途の方と、新卒で入ってくれた若手の子は残ってくれたんですけど、でもそれ以外は全員いなくなりました。

薮本:その時に非常にありがたいなと思ったのが、会社に別に潰れてほしいと思ってるわけじゃないから、どうしたらいいですか?って聞いてくれる人もいて。新しく入れて、最低限のことを伝えてワークするのに3ヶ月ぐらいかかるじゃないですか。それでも3ヶ月でいけるんですね。半年くれたらありがたいですよ。でも、もうすぐにでも辞めますっていう人を引き止めるギリギリのラインが3ヶ月。4ヶ月ぐらいいて欲しいって言ったら、わかりました、じゃあそれは残りますって言ってくれた人がいたんです。

薮本:会社としては、実はそんなに大きな業績的な痛手でもなく、当時多分市況的にも採用がそこまで大変じゃなく、うまく入れ替わった感じにはなりました。

石川:じゃあそこで3ヶ月残ってくれた人たちが支えてくれたのもあって、同じ規模くらいまでに……。

薮本:1年後ぐらいにはもうそうなってましたね。

石川:その当時の心境だけすごく知りたいです。

薮本:当時はもうめちゃくちゃ燃えてますよね。これでようやく不満分子が全員いなくなって、もう最初からエントリーマネジメントをガチガチでできるみたいな。だからもう入社する時も、今で言う圧迫面接ですよね。僕らはもうめちゃくちゃ成長志向で求めてるんで、ついてこれますか、みたいな感じです。はいって言わないと絶対受からないですけどどうですか、みたいな。本当そんな勢いです。

石川:やり方が、圧迫面接が現代で許されるかどうかは置いといて、大切ですよね。ちゃんと入るべき人と入らない人を自分で判断してもらうと。

薮本:そうですね。そこはそう思ってましたが、入社していただいて会社が元通りになった時に、結構信頼してる方が1年ぐらい経って、やっぱり辞めますってなったんですね。その時に初めて僕は自分に矢印を向けて、あれ、この人が辞めるってことは、やっぱり僕のやり方が間違ってるのかなと。

石川:エントリーマネジメントでやり直した後の人ですもんね。

薮本:そうです。本当に23年間、失敗に対しての素直さは持ってましたけど、自分の意思決定を根本から疑うっていうのは初めての経験でしたね。

石川:それが何年目くらいの話ですか?

薮本:14年目、15年目ぐらいじゃないですかね。

課題に気付いた後の取り組み

石川:そこで根本で初めて自分に矢印が向いて、自分の意思決定を課題にする、疑うっていうところから、どう変わって……。

薮本:それがですね、冒頭にも言いましたけど、EOっていう団体と出会い。

石川:あ、ここでEOに入って。

薮本:そうなんですよ。入ったわけじゃなくて、実は月例会にゲストで行っただけなんですよ。で、その月例会で「フォーラム」っていう、EO独自の小グループで本音で話し合うっていうようなものを初めて体験させてもらって、「トラスト・アンド・リスペクト」っていう言葉に出会ったんですよね。

薮本:本当に、あ、なるほどと思ったのは、僕は社員のことを尊敬してるんですね。やっぱり自分にできないことができるとか、自分より例えば真面目に取り組んでくれるとか、めちゃくちゃ尊敬してたんですけど、信頼してないってことが分かったんですよ。信頼してないってどういうことかって言うと、別に給料分働いてくれないとか、そういうことじゃなくて、僕が弱さを出せる相手じゃないと思ってたんですね。

薮本:だから社員のメンバーに対して、僕が、いや、今例えばこういうことで悩んでるとか、これが本当に困ってるとかっていうことを言ったことがないし、言おうと思ったこともないってことに気づいたんですよ。そんな人多いと思うんですけど、自分が1番強くないとって感じてるわけじゃないですか。

薮本:で、実際当時めちゃくちゃ弱ってたんですね。弱って、これもう自分も辞めようかなと。会社経営、会社にもキャッシュもあるし、全員若いんで再就職支援とかしたら多分全員就職決まるんで、そこまではしっかりやった上で1人社長になって、自分1人で色々やりながら、お金もあるし運用とかしてやっていけるんじゃないか。実際やっていけると思うんですよ。それでもいいかなと思ったんですけど。

薮本:ある時、今クリエイターにこだわってる理由かもしれないんですけど、業務委託の方と電話で喋ってた時に、僕、泣き出したんですね。めちゃくちゃびっくりするじゃないですか。その人からすると、え、僕なんか言いましたか、みたいな話になって。実は今、全員辞めた後にやり直して、いろんな人と今会社を改めてやろうとしてるけど、〇〇さん辞めるんですよと。自分が悪いんじゃないかってことで、今すごい葛藤を持ってるんですよねって話をしたら。

薮本:その人ね、結構厳しい人だったんですよ。そのクリエイターの人、結構厳しい人だったのが、めちゃくちゃ優しく、薮本さん何も間違ってないですと。会社経営者はそうやって成長目指すのも当たり前ですし、どんなことが起こるか分からない時代なんで、薮本さんがそうやって危機感持って経営に挑んでるのはすごく尊敬してますし、何も間違ってないですって、めちゃくちゃ全肯定してくれたんですね。

薮本:で、それで結構正気を取り戻して、泣き止んで、〇〇さんありがとうございますと。僕もう1回ちょっと会社経営やろうと思いますって言ったら、その人が言った言葉が結構印象に残ってて、うわ、良かった、僕仕事なくなると思いましたって言われたんですね。

薮本:実際、もちろん社員じゃないんで、業務委託の方とも一生一緒に付き合うわけではないですけど、でもある一時代、一緒に旅をする仲間だなと思っていて。その時にはやっぱり僕らも、雇用責任まではないけど発注した責任ってあるなとか、その人の生活も支えてるなっていうのはすごくその時感じてですね。もちろん1人になってやっていけるんだったら、そっちの方が裕福だと思うんですけど、それは自分が楽になるだけで、自分の命の価値を自ら下げてるなっていうのを思ったんですよ。

石川:上がっちゃうってことですもんね。世の中に対して繋がり、貢献するではなくて。

薮本:はい。とはいえ、何年もやってきた、財務的にも問題のない、お客様もたくさんついてくれてる、この会社の経営者をやれるっていうポジションは、やっぱりさっきの「面白きこともなき世」の、スタートラインって本来みんな不公平なのに、僕今すごい素晴らしいスタートラインを持たせてもらってるじゃんと、やっぱり気づかされて。まさにサムシングファンできてないのはお前だろうというのが、もう全て矢印が返ってくるわけですね。

石川:そこから社名に戻って、自分がサムシングファンできてない。

薮本:そう、そう。だから、よく僕もメンバーに言うんですけど、今仕事が楽しくないとか、外に向けて攻撃的になってるっていう時は、足元を見てもらって、面白いこと作ろうって一歩を踏み出せてるのか、そこを見つめ直して欲しいって話をよくするんですけど、自分の言った言葉が全て自分に返ってくると。で、考えたんですね。今いるメンバーとフォーラム、本音の場をやってみよう。

石川:EOのフォーラムを、今社内のメンバーとやってみようと。

薮本:そうです。見よう見まねでやろう。で、ここで喋ったことは他のメンバーに言いません。僕も言いません。で、何をここのテーブルに出したとしても、そこに対して非難や、それ違うだろうって一切やりません。今自分が思ってること全部出さないと会として意味がなくなるんで、そこにフルコミットしてください。

薮本:当時もう会社としてもあまりいい空気じゃないんで、働いてくれてるメンバーも、別にこの会社にずっといるわけじゃないし、全然いいっすよ、面白そうっすね、ぐらいな感じなので。で、それをやったらですね、そこですごいことに気づくんですね。自分でも気づいてなかったんですけど、僕の幸福は全部会社に依存してたってことに気づくんですよ。

薮本:メンバーも、守秘義務があるんでちょっと濁すと、いや、僕は将来こうなりたいから、サムシングファンでこういうこと学んだら独立したいですとか、僕はこういうところの作品やりたいから、サムシングファンでここまでのキャリアを築いたら転職しようと思ってますっていうのを言ってくれるんですね。それを聞いた時に、サムシングファンを目的にしてるのって俺しかいないんだって思ったの。

薮本:なんで目的化しちゃってるんだろうっていうことに、逆にちょっと悩みが深まったというか。みんなはやっぱり家族が大事だとか、自分の生き方としての生き方が大事だ。僕もそうだったはずなのに、自分のライフラインというか幸福度を見ると、30代以降全部会社に支配されてるんですよ。僕すごい幸せな家族がいまして、すごい幸せなんですけど、そういうのがライフラインの幸福度チャートに一切出てこないんですね。子供生まれたハッピーとか、家買ったハッピーとかないんですよ。

薮本:会社が資金繰り大変とか、裁判でトラブルとか、そんなのばっかり。業績絶好調とか。これちょっと人として間違ってるなっていうことに気づかされるんですね。もちろん責任感の現れかもしれないんですけど、擁護するとね。でもやっぱり僕も人として生きよう、人としてサムシングファンの会社の社長をやってるって状態に戻そうと思って。それにやっぱり気づかされたんですよね。

薮本:本当に何が人としてやりたいことなのかとか、そういうのを社内フォーラムを通じてやっていく中で、みんな、だから会社どうでもいいっていう人たちだったんですけど、どんどん会社の空気が良くなっていったんですよ。本当数ヶ月ぐらいで。これはフォーラムすげえってなって、そこから初めてEOに入って、初めてトレーニングを受けて。ちょっとやり方間違ってたこととかいっぱいあったんで、なんか違ってたみたいな。

薮本:そんな感じで社内フォーラムを続けていく中で、10ヶ月くらいした時に、フォーラムに参加してくれてた、今も幹部メンバーですけど、薮本さん、なんかすごい気づきがあったんですけど、会社がでかくなったら全員が思ってるやりたいことって全部実現するんじゃないですか?会社でかくしますって言われた。

薮本:これが創業して初めて、僕以外の誰かが会社を大きくしたいって言ってくれた1番最初だったんですよ。もちろん、13年一緒にやって来てくれてた、10年目まで一緒にやってくれてた創業メンバーとかも思ってくれてたのかもしれないですけど、それを初めて声高に言ってくれた。でもそこからですよね。もう本当に次のステージ。創業期からの、全員いなくなる組織崩壊が終わり、ようやく次の第2段階目に入った。

石川:ちょっと今の話、だいぶ染みますし、気づくところがある経営者さん、経営幹部さん多いんじゃないかなと思いますけど、本当に会社がもう自分と一体化してて、会社が伸びれば自分も幸せっていう人って、普通に考えたら社長だけなんですよね、きっと。もしくは社長と同じように会社にコミットしてる幹部。

薮本:うん。正確に言うと、社長以外もそう思ってくれてると思うんですけど、彼らは別の軸もちゃんと持ってるんですよ。家族とか、個人とか、変な話ですけど。これ家族を犠牲にしてもとか、個人の願いを犠牲にしてでも会社に貢献しすぎちゃうというか、それ幸せですか?みたいな、そこの違いですかね。

薮本:で、僕よくこれを「関連度」っていう表現をしていて。僕はそれまで会社と自分の目的が100%関連しちゃってた。これをあえて下げる努力をしないといけないと。社長だからやっぱり常に高いんですよ。でもあえて95%まで下げれないか、93%まで下げれないか、今日だけは会社のことどうでもいいって思えないかっていうのを、逆に努力してるんですよ、ずっと。で、逆に幹部には70%以上にしてくれって言って、関連度上げてくれと。

石川:すごい分かります。僕自身、2代目だからこそなんですけど、ナンバー2の時よりも、今2代目になってからの方が関連度を下げる努力してると思います。上げすぎちゃうと、怒りすぎちゃったりとか、正常な状態でいられなくなっちゃったり。

薮本:だって自分が、例えば娘の誕生日よりも重要な顧客との商談を優先するって意思決定を自然にしちゃってるわけですから。それを重要にできないと、何が大事なの?みたいな細かいことまで、全てその判断軸に塗りつぶされちゃうんですね。

石川:塗りつぶされちゃうと、もう普通の幹部社員の気持ちわかんないですもん。もちろん経営のある会社を自分の100%にするっていうのも1つだとは思うんですけど、実はレジリエンスが強いというか、粘り強い会社になるっていうところで行くと、社長は関連度を下げて、社長以外の軸を。幹部は逆にもうちょっと関連度を上げてくれ、上げてくれとして、みんなの関連度を合わせていくみたいなのは、1個ノウハウなのかもしれないですね。

薮本:本当にそれなんですけども。僕の好きな言葉に、早く行くなら1人で行け、遠くに行くならみんなで行けって言葉があって。僕らは「遠くに行くならみんなで行け」を選んだっていうのを、ちょうどその時にやっぱり宣言して、「会社は幸せになるためのツール」っていうマネジメントポリシーを制定して。社員の幸せにどうしたらコミットできるのか。

薮本:僕はだから幹部ですよね。幹部はマネージャー・リーダー、マネージャー・リーダーはやっぱりメンバー、メンバーはお客様にコミットしてくれたらいいと思うんですけど、そこをどうやったら循環させられるのかってことを初めて考え始めたのがここですよね。

石川:会社は幹部、幹部は社員、そして社員はお客様と。みんなで遠くに行く方向で行くぞと宣言されてから、どう変わっていったんですか。

宣言後の変化

薮本:まずそれは1つ大きなエポックメイキングでした。サムシングファンに初めて幹部が生まれた。ボードが生まれた瞬間ですね。そのボードメンバーと具体的にどうする、どこを目指すって話になった時に、なんとなく僕にあったのは、パブリックな会社にしたい。パブリックな会社っていうのは、白潟総研はまさにそうだと思いますけど、やっぱり継承ができる会社だなと思ってるんですよね。

薮本:自分が作ったこの仕組みをしっかり継承していくためにはパブリックな会社を目指すと。じゃあIPOなのかっていうと、めちゃめちゃ遠いなと思ったんですよね。もうすでに上場していて、色々僕らができてない挑戦ができていて、僕らが知らない枠組みを持っていて、そこに入って全部学んだ方が早くないかと。そこが当時自分の中で思いついたアイデアだったんですね。で、それのデメリットって多分、株を放出するってことだと思うんですよ。

石川:それでグループインってことなんですか?

薮本:そうです。株を放出するってことがデメリットなのかって自分に問うた時に、何にも問題ないってなったんです。自分のものにしたいんじゃなくて、サムシングファンを本物にしたいだけなんで。

石川:あ、ちょっとこれ僕しびれました。パブリックにするために上場企業にグループインするって、確かに選択肢ですね。

薮本:そうなんですよ。

石川:上場よりもよっぽど手段として正しい感じがしますね。パブリックにするにあたって。

薮本:そうなんですよ。今ね、手っ取り早いって言い方しちゃいましたけど、いや、決して手っ取り早くないんですけどね。でも実際、僕らが創業期から色々苦労して、失敗して学んで、もっとキャッシュリッチな会社に、財務体質の強い会社にって1個1個見よう見まねでやってきたことが、上場会社にグループインする時に評価されるわけですよ。そこはなんか繋がってるな、不思議な繋がりがあるなと思ってるんですね。

薮本:だから僕は当時、いろいろ紆余曲折があってウィルグループっていう会社に入らせてもらったんですが、やっぱりデューデリにお越しいただいて、いろんな資料を提出して、会社にもご訪問いただいて、弁護士の方と会計士の方とお話する中で、最後、彼らが帰っていく時に、薮本さん、サムシングファン95点です、こんなスムーズなデューデリ珍しいですよって、やっぱりおっしゃっていただいて。それまでの、辞めていったメンバーも含めて、彼らの功績が評価された瞬間だなと思ったんですよ。で、ウィルに入りました。ここからが第2ステージですかね。

📌 薮本社長に、直接聞いてみませんか?

「社員が全員辞めた」あの日から、どうやって幹部チームをつくり直したのか。その裏にあった迷いや本音を、薮本社長ご本人がリアルセミナーで語ります。

社員が20名、50名、100名と増えるたびに訪れた「壁」を、薮本社長がどう越えてきたのか。白潟総研代表・石川が一つずつ紐解きます。
質疑応答や懇親会では、ご自身がいまぶつかっている壁について、薮本社長に直接聞いてみることもできます。

■開催概要
・東京:2026年11月18日(水)18:30〜21:00
・大阪:2026年12月16日(水)18:30〜21:00
・参加費:無料(懇親会付き)/各回先着40名
・対象:経営者(幹部の方は1社1名まで同伴可)

【経営成功事例】組織崩壊から450%成長へ。薮本社長の経営成長実録
経営成功事例セミナー(東京 2026/11/18・大阪 2026/12/16)

▶︎ セミナーの詳細・お申し込みはこちら

前編はこちら

【脅威をチャンスに変える経営】“敵”だったフリーランスを仲間に変えた逆転の経営術【サムシングファン/薮本直樹 代表/前編】

後編はこちら

【なぜ上場をやめた?】4年で450%成長した社長が語る「経営判断」の本質【サムシングファン/薮本直樹 代表/後編】

▶ チャンネル登録で、最新インタビューをお見逃しなく

経営成功にコミットする社長たちのリアルな事例を、続々と公開していきます。
チャンネル登録いただくと、新しいインタビュー公開時にお知らせが届きます。

➡ 白潟総研YouTubeチャンネルを登録する
https://www.youtube.com/@shiragatasoken