【アンコール編】白潟総研 承継ストーリー 《承継直後の2年間》|創業者 白潟サイド

こんにちは!白潟総研のコンサルタント、小林です!
1月から連載を開始し、先月で最終回を迎えた「承継ストーリー」ですが…
ご好評をいただき、アンコール編の公開が決まりました!

アンコール編は、承継”した”側であり、創業者である白潟へのインタビュー。

これまでは、承継”された”側の石川やNo.2の畦田、経営幹部、メンバーと、
さまざまな視点から、白潟総研の承継について見てきました。

▼過去の承継ストーリーはこちら
代表・石川サイド
No2・畦田サイド
経営幹部サイド
メンバーサイド

では、白潟総研を生み、育て、愛し続けてきた白潟は、この承継をどう見ていたのか。
白潟のリアルな言葉をお届けいたします。

目次

2023年9月末:承継発表「最初から社長メンタルを持っている人はいない」

石川への承継が決定・発表されたのは、2023年9月の合宿です。
※詳細は「経営幹部サイド」「メンバーサイド」をご覧ください。

1日目の幹部合宿、2日目の全社合宿が、白潟にとっては自分が取り仕切る最後の合宿でした。
 
 

Q.幹部合宿での議論やメンバーへの承継発表では、何を考え、感じていましたか?


白潟:
初日の幹部合宿は、私にとって大勝負の合宿でした。
私としては、これまで後継者として育て続けてきた哲也さんを社長にしたい。
(※石川は社内では哲也さんと呼ばれています)

でも、周りの幹部が認めないなら、社長にすることはできません。

合宿の場であらためて「哲也さんに社長を任せたい」と伝えたとき、ほとんどの幹部は賛成、喜びを示してくれました。

ただ、反対していた幹部がひとり。
そう、吉田さんです。
吉田さんに反対の理由を聞くと、一番は「哲也さんのメンタルが心配だ」ということでした。

経営コンサルタントとして何人もの社長を見てきた吉田さんだからこそ、「社長」という生き物の大変さや、孤独さを知っています。
哲也さんのメンタルを心配する吉田さんの気持ちは、とても自然なこと。
私も、吉田さんの気持ちはよくわかっていたつもりです。

でも、その吉田さんの不安は、社長にしない理由にはならないと思っていました。
絶対に、2〜3年もすればそんな心配は杞憂に終わる。そう確信していたのです。

最初から社長のメンタルを持っている人なんて、この世に存在しません。

社長という役割を持ってはじめて、社長のメンタルを手に入れられる。
逆を言えば、社長になってみないと、社長のメンタルは手に入らない。

それがわかっていたからこそ、吉田さんの反対は、あえて半分スルーさせてもらいました 笑
2年間の承継期間を設けることだし、2年やってみてダメだったらその時は考えなおせばいい。
そう思っていました。

そして、メンバーを交えての合宿2日目は、「これで最後か・・・」という感覚が大きかったです。
みんなの前で、社長として話すことはもうない。
新しい社長に期待を寄せる一方で、「寂しい」という言葉を超えた、どん底を感じていました。

2023年10月~:承継1年目

Q.「どん底」な気持ちから始まった承継。その後変化はありましたか?


白潟:
実は、承継直後に感じていた「どん底」からは、思ったよりも早く抜け出しました。

最初の1年は、毎月の全体会議のオブザーブをさせてもらい、新社長の哲也さんとNo.2の畦田さんにフィードバックをしていました。

承継後、全く関わらないのではなく、接点を持たせてもらえたことで、寂しさが癒えていったのだと思います。
たまに、「今ちょっと相談いいですか?」と哲也さんから電話が来たりするのも嬉しかったですね。

毎月のフィードバックを繰り返すうちにだんだんと、
哲也さんが話している内容が「私だったらこの場でこう言うな」と描いていたことと、ぴったり一致していくようになりました。

気が付いたら、安心や嬉しさを感じる場面が多くなり、
不安や寂しさは消えて「もう大丈夫だな」と思えるようになっていました。

2024年:承継2年目

Q.2年目は、会社とどのようなかかわり方をしていましたか?


白潟:
2年目からは、実は会社にはほとんど関わっていません。
「もう大丈夫だな」という状態になってからは、全体会議にも顔を出さなくなりました。

一方で、哲也さんと畦田さんが提案してくれたのが、「オーナー報告会」です。
半年に一度、1日かけて白潟総研の経営状況や組織状況について共有し、一緒に過ごす時間を作ってくれていました。

今も、半期に一度の全社合宿や忘年会などには参加させてもらい、全員と一緒に過ごす時間があるのは嬉しいところです!

1年目の間に「もう大丈夫だ」と確信できていたので、2年目は「慣らし運転」のような感覚でした。

最後に:承継を振り返って

Q.承継が上手くいくかどうかは、どこで決まると思いますか?


白潟:
承継後に2年の期間を設けたことは、
哲也さんの社長メンタルを育み、慣らし運転をしていくための良い期間だったと思います。

でも、もっと正確に言うと、
承継が上手くいくかどうかはその前の5年・10年で決まっていると思います。
承継の瞬間や直後に何かを変えるというよりも、それまでの間にどれだけ後継者を育ててこれたか。

いきなり社長にしても上手くいかない。逆に、ちゃんと育っていれば、任せても大丈夫。
承継が上手くいくかどうかは、承継前に決まっているものなのです。
 
 

Q.これから承継していくという社長に、何かメッセージはありますか?


私自身が実際に後継者育成、承継を経験したことで、周りの社長から相談されることも増えましたが…
最近は、無理に承継をしなくてもいいんじゃないかと思っています。

承継する側の社長が「継がせたくない」「やらせたくない」と思っているうちはうまくいきません。
80歳まで現役で社長業をやりきって、売るという選択肢をとるのもありだと思います。

また、承継される社長にどんなに能力があっても「継ぎたい」と心から思えていなければ、いつか必ず、無条件にやれなくなる日が来てしまいます。

結局、最終的に上手くいくかどうかは、承継する人・される人両方の意思と熱意なのではないでしょうか。


***

白潟総研の承継は、2年間の承継期間があったから上手くいったのではなく、
その前の長きにわたる育成期間、他の幹部との関係性の築きや葛藤など、
さまざまな要素が重なり合って、今の形を迎えることができたのかもしれません。

いかがでしたか?
こうして振り返ってみると、承継する側とされる側、それを支えた幹部や一緒に歩んだメンバー…と、さまざまな想いがつながれた2年間でした。

白潟が石川をどのように育てたのか?は、書こうと思っていたのですが書ききれませんでした…
当時使っていた実際の資料などをもとに、生々しい事例をNGなしでお話しいたしますので、気になった方はぜひご連絡ください!

「白潟総研 承継ストーリー」シリーズにお付き合いいただきありがとうございました!

他サイドから見た承継ストーリーはこちら

新代表・石川サイドの承継ストーリー
No.2・畦田サイドの承継ストーリー
経営幹部サイドの承継ストーリー
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