なぜ成功者は皆揃って「運が良かった」と言うのか?
世の成功者は、みんな揃って「運が良かった」と言っています。
ウォーレン・バフェットは、自らの成功要因について「ほとんどは運だ」と語っていて
ビル・ゲイツもまた、自分が生まれた時代と環境の偶然性を繰り返し強調しています。
日本でも松下幸之助や本田宗一郎といった経営者たちは
成功を語るとき、必ずどこかで「自分の力量ではない何か」に触れています。
驚くほどの才覚と血の滲む努力を重ねてきた人たちが
成功したのは「運が良かったから」と言っている・・・。
私はこの言葉の意味を、本当のところ分かっていないのだと思います。
「運が大事」
「経営者は運が良くなければならない」
そうした話は、これまで何度も聞いてきました。
ただ、それが経営やマネジメントにどう関係するのか?
なぜ、成功した経営者ほど「運が良かった」と語るのか?
そこまでは、腹落ちするほどの理解はできていません。
ただ今回、石川とこのテーマについて議論を重ねる中で
少しずつ見えてきたことがあります。
もしかすると「運が良かった」という言葉は
単なる謙遜ではなく、経営者としての認識の深さを表しているのかもしれません。
目次
「運が良かった」の逆説
石川とこのテーマについて議論を重ねる中で
一つ、問いそのものが少しズレているのではないかと思うようになりました。
最初、私も石川もこう考えていました。
「なぜ成功者は、みんな運が良かったと言うのか?」
しかし、もしかすると本当に問うべきなのは
そこではないのかもしれません。
成功した人が、後から謙遜して「運が良かった」と言っているのではない。
むしろ逆で、「自分は運が良かった」と心の底から思えている人が
結果的に成功しやすいのではないか。
石川と議論をする中で、そんな仮説が浮かびました。
つまり、成功したという事実が先にあって
その後に「運が良かった」という発言が出てくるのではない。
「自分は運が良かった」という自己認識が先にあって
その認識を持っている人の、周囲への接し方や意思決定が少しずつ変わり
結果として成功に近づいていくのではないか。
もしそうだとすれば、問うべきは
「なぜ成功者は皆、運が良いと言うのか?」ではないのかもしれません。
「なぜ、運が良いと思っている人は成功しやすいのか?」
こちらの問いの方が、経営やマネジメントにとっては重要なのではないでしょうか。
ただ、この問いに進む前に
まず確認しなければならないことがあります。
そもそも人生において
「運」はどれほど大きな影響を持っているのか。
この前提を見ずに「運が良いと思うことが大事だ」と言っても
単なる精神論になってしまいます。
だからまずは、人生における運の大きさについて
できる限り客観的な事実から考えてみたいと思います。
事実として、人生は運である
では、人生において「運」はどれほど大きな影響を持っているのでしょうか。
実際に学術的な研究や文献を調べていくと
人生には、自分の意思や努力だけでは説明しきれない要素が
あまりにも多いことが分かります。
どの時代に生まれるのか。
どの国に生まれるのか。
どんな家庭に生まれるのか。
どんな遺伝子を受け継ぐのか。
どんな環境で育つのか。
残酷なことに、こうした自分では選べない要素によって
人生の多くは大きく方向づけられてしまいます。
裕福な家庭で育った子どもは
質の高い教育を受けやすく、人生の選択肢が増えやすい。
外交的な特性を持って生まれた子どもは
社会の中で人と関わり、機会をつかみやすい資質を持っているとも言えます。
負けず嫌いだったり、欲深かったり、強い上昇志向を持っていたりする人は
資本主義社会の中で成果を出しやすい性格を与えられているのかもしれません。
しかし、生まれた家の裕福さも
持って生まれた特性も
環境によって形づくられた性格も
私たちが自分で選んだものではありません。
それらは、生まれ育つ環境から与えられる「所与」のものです。
何をするにしても重要なテーマとなる「努力」についても、同じです。
努力できる身体や精神を持っていること。
努力したいと思える対象に出会えたこと。
努力が報われやすい環境にいたこと。
努力の仕方を教えてくれる誰かに出会えたこと。
これらすべてに、偶然が含まれています。
そう考えると「努力したから成功した」という言葉すら
実はかなり危ういことが分かります。
努力そのものが、すでに多くの偶然に支えられているからです。
少し話は逸れますが、近年の脳神経科学や進化生物学は、私たちが当たり前のように
信じている「自由意志」というものに、根本的な疑問を投げかけています。
その中でも、自由意志の存在を極めて強く否定している研究者の一人が
ロバート・サポルスキーです。
彼は若くしてマッカーサー・フェロー(通称:天才賞)に選ばれ
現在はスタンフォード大学で生物学・神経科学・脳神経外科学の教授を務めています。
そして自由意志について極めてラディカルな結論に達しています。
Everything from the neurobiology of a second ago to evolutionary pressures over the last million years goes into how you became that sort of person. And when you look at all of that closely, you had no control over it. There is no room for this conventional sense we have a free will.
引用:Do we really have free will? Big Brains podcast with Robert Sapolsky | University of Chicago News
https://news.uchicago.edu/do-we-really-have-free-will
日本語に訳すと
「1秒前の神経生物学的な状態から、過去100万年にわたる進化の圧力に至るまで、そのすべてが積み重なって、今のあなたという人間を形づくっている。そして、それらを一つひとつ詳しく見ていけば、あなた自身がコントロールできたものなど何一つない。そこには、私たちが一般にイメージするような『自由意志』の入り込む余地はない。」
私たちは地球が動いていると、感じることができません。
でも、地動説は真実であると、誰もが知っています。
自由意志も、それと同じなのかもしれません。
私たちは、自分が何かを「選んでいる」と強烈に感じています。
ゆえに「自分には自由意志がない」と感じることなど、おそらくできません。
けれども、私たちがそう感じていることと
実際に自由意志が存在することは、まったく別の話です。
もしかすると自由意志もまた、あまりにも自然に感じられるがゆえに
疑うことのできなかった錯覚なのかもしれません。
もちろん、この論点の決着はまだ先になるでしょう。
ただ、仮に人間に自由意志が存在しないのだとすれば
この話はさらに極端な結論へと辿り着きます。
「運も実力のうち」という世界ではなく
「運がすべて」という世界に変わるのです。
それは、いかなる不幸も本人の責任ではなく
いかなる功績も本人の手柄ではない世界です。
これは、とても残酷な世界に見えるかもしれません。
ですが同時に、とても優しい世界でもあるのではないでしょうか。
この事実は、誰かにとっては希望だが、誰かにとっては絶望である
「人生は運である」
この事実は、誰かにとっては希望となりますが、誰かにとっては絶望となります。
今まで努力を積み重ね、実力・富・名声を築いてきた人ほど
この事実を簡単に受け入れることはできないでしょう。
それは当然だと思います。
なぜなら、そこに至るまでに、見えない努力や修羅場を経験しているからです。
誰にも理解されない中で意思決定をし、資金繰りに悩み、採用に悩み、人に裏切られ・・・
それでも前に進んできた時間がある。
その積み重ねを簡単に
「それはあなたの手柄ではなく、運が良かっただけですよ」
と言われたら、反発したくなるのが自然です。
「はい、その通りです。私はただ運が良かっただけなんです」と
即答できる人など、滅多にいません。
一方で、自分の人生が思うように進まず
十分な成果を築けなかったと感じている人ほど、この事実は希望に映ります。
「あなたの今の現状は、あなたのせいではなく、運が悪かっただけですよ」と言われる。
こんなにもすがりたくなる希望があるでしょうか?
「あぁ、自分は悪くないんだ。そうだ、この世界が悪いんだ」と
悲惨な理由を外部に求めることができるのです。
勝てば官軍。負ければ賊軍。
この言葉を借りるなら、官軍ほどこの事実を拒み
賊軍ほどこの事実にすがる、とも言えるかもしれません。
そして世間的に見れば「官軍」として見られる経営者・経営幹部は
この事実をそう簡単には受け入れにくいのだと思います。
ただ、それは人として自然な反応です。
実際に心理学には「自己奉仕バイアス」という考え方があります。
成功した時は「自分の能力や努力のおかげ」と考え
失敗した時は「運や環境、他人のせい」にしてしまう認知バイアスです。
私自身も含めて、人は自分の功績を、自分の力として解釈したくなる。
そうしなければ、自分が積み重ねてきた努力の意味が揺らいでしまうからです。
つまり「運が良かった」と心から認めることは、単に謙虚であるという話ではありません。
自分の努力や功績を否定されるような痛みを感じながら
それでもなお、自分一人の力ではなかったと認識することなのではないでしょうか。
なぜ運が良いと思っている人は、成功するのか?
では、冒頭の問いに戻りたいと思います。
「なぜ、運が良いと思っている人は成功しやすいのか?」
逆に言えば
「なぜ、運が良いと思っていない人は、成功から遠ざかってしまうのか?」
この問いに答えるには、マネジメントの実態に迫っていくと分かりやすいと思います。
経営者の成功は、自分一人の能力だけでは成り立ちません。
周囲から協力してもらうこと。
困ったときに助けてもらうこと。
優秀な人が集まり、長く力を貸してくれること。
そして、メンバーが少しずつ育っていくこと。
こうした他者との関係が、経営の成果を大きく左右します。
だからこそ、「運が良い」という自己認識が
他者への接し方をどう変えるのかを見ることで
この問いの答えが見えてくるのではないでしょうか。
前章で述べた通り
「自分は運が良かった」と心から認めることは、決して簡単ではありません。
自分の努力や功績を、自分だけのものとして認識するのではなく
そこにあった偶然や、環境や、他者の存在を認める必要があるからです。
しかし、この認識を持てる人は
他者の失敗を見たときの解釈が変わります。
これが、マネジメントにおいて大きな違いを生みます。
誰かが失敗したとき
人はついその原因を本人の能力や努力不足に求めてしまいがちです。
「準備が甘い」
「意識が低い」
「主体性がない」
「覚悟が足りない」
もちろん、そう見える瞬間はあります。
実際に本人の努力不足が影響している場合も、往々にしてあります。
しかし、ここで一つ問いを挟めるかどうかが道を分けるのではないでしょうか。
「その人は、本当に努力しなかったのか」
「そもそも、何を準備すればいいのかを理解していたのか」
「過去に、良い準備の仕方を見たことがあったのか」
「周囲の支援やフィードバックは足りていたのか」
「運が良い」と思えている人は
自分自身の成果が、自分の能力だけで成り立っているわけではないと知っています。
だから、他者の失敗を見たときにも
それを、すぐに本人だけの責任だとは断定しません。
能力の問題なのか。
経験の問題なのか。
環境の問題なのか。
配置の問題なのか。
教え方の問題なのか。
仕組みの問題なのか。
多方面から原因を見ようとします。
怒るのではなく、思考をするのです。
一方で「運が良い」と思えていない人は
自分の成功を、自分の能力や努力の結果だと捉えやすい。
ゆえに、他者の失敗を見たときに
どうしても自分の過去と比較してしまいます。
「自分はできた」
「自分は教わらなくてもやった」
「自分はもっと必死だった」
そう考えれば考えるほど
失敗の原因を、本人の能力や姿勢に求めるようになっていきます。
するとマネジメントが、育成ではなく詰問になっていく・・・。
ここに大きな分岐があるのです。
もちろん、他者の失敗に寛容であることは、甘やかすことではありません。
本人を責めないことは、結果に向き合わないことでもありません。
むしろ、逆ではないでしょうか。
本人を責めるだけで終わらせないからこそ
本当の原因に向き合うことができる。
本人を叱責するだけではなく、周りの環境や構造に目を向ける。
感情的に責めるのではなく、次に成果が出る条件を考えていく。
これこそが、経営における「運が良い」という認識の実務的な意味なのだと思います。
「商談」のケーススタディ
もう少し具体的に、マネジメントの現場を想像してみたいと思います。
たとえば月曜の朝、メンバーから先週の商談報告を受けたとします。
商談の内容を聞いてみると、アポイント時の情報収集が浅く
提案の準備も十分ではなかったようです。
結果として、失注してしまいました。
マネージャーは「またか」と思いながら、そのメンバーを呼び出します。
このとき、マネージャーの頭の中では何が起きているのでしょうか。
「運が良い」と思えていない人は、まずこう考えるかもしれません。
「なんでこんなことができないんだ」
「自分が若い頃は、誰に教わるわけでもなくやっていた」
「結局、本人の意識が低いんじゃないか」
怒りが先に来る。そして、原因を本人の内側に求めてしまう。
一方で、「運が良い」と思っている人は、少し違います。
「どこまで準備の型を教えられていたのか」
「事前に誰かが壁打ちできていたのか」
「そもそも、期待値の置き方は適切だったのか」
もちろん、本人に向き合うべき課題がないわけではありません。
ただ、本人だけを責めて終わらせないのです。
怒るのではなく、思考する。
叱責するだけではなく、原因を見にいく。
この違いが、態度や、言葉、日々の雰囲気として表れるのです。
そして、その積み重ねが、組織やチームの空気感をつくっていくのだと思います。
自社は果たして、どちらでしょうか。
「運が良い」という認識を、どう育てるか?
では、「自分は運が良かった」という認識は
どうすれば育てることができるのでしょうか。
これを意識だけで変えられるなら、誰も苦労はしないと思います。
人の認識や価値観は、それほど簡単には変わりません。
だからこそ、まず避けたいのは
自分の感情を力ずくでコントロールしようとすることです。
「あぁ、またメンバーの努力不足のせいにしてしまった。ダメだな」
このように、自分の感情を否定し続けると
消耗が激しくなり、かえって良い変化を生み出せなくなってしまいます。
大切なのは、感情を否定することではありません。
「あぁ、またメンバーの努力不足のせいにしているな。
でも、少しずつ変わっていこう」
このように、自分の中に出てきた感情はそのまま受け止めつつ
変化への意志は捨てないことです。
このバランスを取り続けながら、少しずつ自分を変えていくことが大切なのだと思います。
※ この辺りの話は「エモーショナル・アジリティ」という概念で説明されています。
詳しく知りたい方は、こちらの書籍を手に取ってみてください。
では、具体的に何を変えればいいのでしょうか。
大切なのは、感情を直接変えようとするのではなく
日々の「見方」を変えていくことです。
人は、自分が見ようとしているものしか見えません。
メンバーの未熟さを見ようとすれば、未熟さばかりが見えてきます。
自分の努力を見ようとすれば、自分が頑張った証拠ばかりが見えてきます。
一方で、誰かに助けられている事実を見ようとすれば
自分一人では何も成り立っていなかったことが、少しずつ見えてきます。
つまり、「自分は運が良かった」という認識は
頭で理解するものではなく
日々の見方の積み重ねによって育っていくものなのです。
そのためのアクションとしておすすめしたいのが
代表の石川も取り組んでいた「毎日ありがとうカードを5枚書く」というものです。
実際に渡すわけではありません。
ただ、その日に誰かにしてもらったことを思い出し
感謝の言葉を書くだけです。
シンプルすぎて拍子抜けするかもしれません。
しかし、この行為には構造的な意味があります。
感謝する相手を毎日5人探すということは
自分の一日を「誰かの助けを探す目線」で振り返るということです。
それを続けていると、日常の解像度が変わってきます。
自分が動かせた物事よりも、自分では動かせなかった偶然や
自分を支えてくれていた他者の存在が、少しずつ見えてくるようになります。
そして誰かの助けに気づくことは
自分では選べなかった出会いや巡り合わせに気づくことでもあります。
石川は実際に、これをやり続けることで
自分自身のものの見方が変わっていったと言っています。
石川は、仕事に対して人一倍働き、考え、努力してきた人です。
だからこそ、ときには「自分はこれだけやっているのに」「自分ばかりが頑張っている」
と、自分と周囲を比べてしまうこともあったそうです。
しかし、毎日「ありがとうカード」を書き続ける中で
自分がどれだけやったかではなく
自分が日々、どれだけ多くのものを受け取っているのかに気づいていきました。
それまで当たり前のように受け取っていたものに気づき
自然と「感謝」の気持ちが芽生えるようになったそうです。
認識や価値観は、人間に深く根差したものです。
だから、意志だけで一気に変えることは難しい。
しかし、小さな習慣を変えることで
少しずつ自分の認識や価値観を変容させていくことはできます。
思考のOSをアップデートする、と言ってもいいかもしれません。
自分でも気づかないくらいの小さな変化を重ねた先に
「自分は運が良い」と心から思える日が来る。
その意味で「謙虚さ」とは
偶然性への自己認識の深さなのです。
自分一人の力だけで成り立つものなど、ありはしない。
その事実を、決して忘れないということです。
最後に
ここまで考えてみると、経営者にとって
「自分は運が良かった」と心から思えることは
単なる謙虚さや人柄の問題ではないように思います。
自分の成果が、自分一人の力だけで生まれたものではないと認識する。
その認識が、他者の失敗に対する見方を変え、日々の言葉や態度を変え
結果として、マネジメントや組織の空気を変えていきます。
もしかすると「自分は運が良かった」と思えることは
売上を伸ばす力や、人を育てる力のさらに根底にある
経営者として大切な認識の一つなのかもしれません。
自分自身は、どうでしょうか。
自社の幹部やマネージャーは
自分の成果をどのように捉えているでしょうか。
そしてその捉え方は
日々の言葉や部下への接し方に、どのように表れているでしょうか。
もしこの記事が何か一つでも考えるきっかけになったのであれば
ぜひ幹部やマネージャーの方とも共有して、率直な感想を聞いてみてください。
組織を変えるのは、制度や仕組みだけではありません。
経営者や管理職が、自分の人生や功績をどう解釈しているか。
その世界観が日々の言葉になり、態度になり
少しずつ組織の空気をつくっていくのだと思います。
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