「裏」の言語化 〜 会社の論理は「選ばないもの」で決まる 〜

経営の世界に、自然科学のような「法則」はない。

同じ施策を打っても、ある会社では成功し、別の会社では失敗する。

それは業界、組織規模、競争環境、人材、経営者など・・・
あらゆることが違うから。変数が多すぎるからだ。

ここで思い出すのが、一橋ビジネススクール特任教授であり
「ストーリーとしての競争戦略」の著者でもある楠木建先生の言葉だ。

弊社代表の石川も、楠木先生の考え方を深く尊敬している。

楠木先生は、経営にあるのは自然科学のような法則ではなく
「論理」であると述べている。

優れた戦略には、結果を生み出した一貫した論理がある。
しかし、その論理をそのまま真似しても意味はない。

論理は、自社の状況に合わせて組み立てなければならないからだ。

だから経営書は示唆に富んでいる。

楠木先生の『ストーリーとしての競争戦略』
ジム・コリンズ氏の『ビジョナリー・カンパニー』
野中先生の『知識創造企業』

どれも素晴らしい一貫した論理がある。

しかし、多くの経営者が感じるのは、
「言っていることは分かる。でも、自社ではどう実践すればいいのか分からない」
という壁ではないだろうか。

経営書で提唱された「論理」を自社なりの「論理」に変換・翻訳することができないのだ。

では、経営の論理を、もっと実践しやすい形で扱える考え方があるとしたら・・・。
それが、「裏の言語化」である。

経営の世界では「やらないことを決めること」の重要性が、昔から語られてきた。

弊社代表の石川もまた、経営において
「何をやるか」以上に、「何をやらないか」「誰と付き合わないか」を大切にしてきた。
実際、白潟総研には「取引しない社長」という明確な基準がある。

今回のブログでは、こうした「選ばないもの」を明確にする考え方を
「裏の言語化」として整理してみたい。

なぜなら、本当に会社らしさを決めるのは、
「何をやるか」よりも「何を選ばないか」だからだ。

ここでいう「裏」とは、単なる「やらないこと」ではない。
「採用しない人」「付き合わない顧客」「目指さない未来」

つまり、自分たちが選ばないものを言語化することだ。
私たちは普段、「何をしたいか」「何を目指すか」という"表"ばかりを語る。

しかし、本当にその会社らしさを決めているのは
「何を選ばないか」という"裏"ではないだろうか。

「裏の言語化」とは、その「選ばないもの」を明確にすることで
自社だけの論理をつくるための思考法なのだ。

目次

偉大な経営者たちは「選ばないもの」を明確にしている 

この考え方は、特段新しいものではない。

ウォーレン・バフェット、スティーブ・ジョブズ、ジム・コリンズなど
優れた経営者や研究者たちは、言葉こそ違えど
皆「選ばないもの」を明確にする重要性を語ってきた。

例えば投資の世界で言えば
ウォーレン・バフェットは「投資しない会社」を明確に定めている。

自身の「能力の輪(Circle of Competence)」を超える投資案件については
「Too Hard(難しすぎる)ボックス」に入れて、投資を見送るようにしているのだ。

彼にとって「投資したい会社」は明確にある。
だが一方で「投資しない会社」も明確にしている。

この姿勢を貫いた結果、ITバブルが崩壊した2000年
バフェットのポートフォリオはほぼ無傷だった。

ジム・コリンズもまた、同じことを語っている。

「ビジョナリー・カンパニー2」の中でコリンズは、偉大な企業へ飛躍した会社は
To-Doリストと同じくらいStop-Doingリストを活用していたと述べている。
やることを決めるのと同じ重さで、やめることを決めていたのだ。

経営の世界で有名な逸話は、スティーブ・ジョブズの「ノー」に関する話だろう。

ジョブズはAppleに復帰した際、15のプラットフォームと350もの製品を
4プラットフォーム・10製品にまで一気に絞り込んだ。

「何をやるか」ではなく「何をやらないか」を徹底した結果、破産90日前の状態から
黒字化を果たし、後にPC業界の利益の66%を10%のシェアで稼ぐ会社へと変貌した。

戦略論においても同じだ。マイケル・ポーターは「戦略とはトレードオフである」と断言している。サウスウェスト航空は「機内食を出さない」「座席指定をしない」「大型空港を使わない」を徹底した。

やらないことを先に決めたからこそ
誰にも模倣できない競争優位を作り上げることに成功した。

キャリア論においても
「やりたいこと」ではなく「やりたくないこと」から考えた方が
考えが進みやすい、といったアドバイスがなされる。

このように、いかなるテーマにおいても
「表 = 選ぶもの」ではなく
「裏 = 選ばないもの」を言語化することの重要性が説かれているのだ。

なぜ、「裏」は言語化されないのか?

キャリア、投資、戦略、経営。
領域も時代も違うのに、全員が同じことを言っている。

「選ばないものを明確にせよ」と。

バラバラに語られてきたこれらは、一つの共通した論理として整理できる。
あらゆる領域において「選ばないものを言語化すること」が
意思決定の質を高めるという、共通した論理が見えてくるのだ。

では、なぜこれほど言われているにもかかわらず、実践している人が少ないのか?

ここで少し考えてみて欲しい。
今までの人生で、「絶対に選ばないものは何ですか?」と聞かれたことがあるだろうか。

おそらく、ない。

人から問われてきたのは、いつも表の問いだったはずだ。
「夢は何?」「やりたいことは?」「どんな人材が欲しい?」「目指すビジョンは?」

どれも、表の問いばかりだ。裏を問う人間は、誰もいない。

だから多くの会社は、表を語ることには慣れていても、裏を語る習慣を持っていない。
選ぶものばかりを考えて、選ばないものについては考えない。

これは能力というよりも、習慣の違いと言った方が適切だ。
語れないのではなく、習慣になっていないから、意図しないとできない。

一つ、興味深い事実がある。
行動経済学のプロスペクト理論によれば、人間は損失を利得の約2倍強く感じる。
「失いたくないもの」や「避けたい未来」は、本来とても強い感情を伴うテーマなのだ。

にもかかわらず
経営の現場では、「何をしたいか」「何を目指すか」という“表”ばかりが語られやすい。
「何を避けたいか」という”裏”を問われることはほとんどない。

裏を考えないことは合理的ではない。
なのに、それが当たり前になっている、ということだ。

自社の経営でも、同じことが起こっている

この考え方は、中小ベンチャー企業の経営においても極めて重要になる。
実際に「裏を言語化していない」というただ一点が
経営のあらゆる場面で問題を生んでいるのだ。

例えば、採用。

「なんか違う気がするけど、スキル・ポテンシャルはありそうだから・・・」

そう直感しながらも、採用してしまったことはないだろうか。
スキルは高い。経歴も悪くない。
だから「まぁ大丈夫だろう」と自分に言い聞かせて、内定を出す。

問題が顕在化するのは、決まって入社から数ヶ月後だ。

本人だけの問題ならまだいい。
やっかいなのは、周囲の社員がじわじわと疲弊していくことだ。
「あの人と一緒に仕事をするのがしんどい」という声が、少しずつ漏れ聞こえてくる。

そして社長は気づく。この採用は失敗だった、と。

しかし日本では降格・解雇は法的に極めて難しい。
動こうとすれば膨大なエネルギーが必要になる。
結局、問題を抱えたまま時間だけが過ぎていく。

最初から「こんな人は絶対に入れない」という裏を言語化しておけば
「なんか違う気がする」という直感を
判断の根拠、つまり自社の論理として扱えたはずなのだ。

そして、幹部。
幹部の人選を「消去法」でやっていないだろうか。

「この人しかいない」
そう口では言いながら、実は「他に適任がいない」から上げている。

本当にこの人でいいのかという確信より
「他に適任がいないし、この人でいくしかないか」という妥協が先にある。

そして幹部に上がった途端、人が変わることがある。
社長の顔色を窺うようになる。部下への態度が変わる。

「幹部」という肩書きが、その人の別の面を引き出す。

気づいたとき、社長は深く後悔する。
でも降格はあまりにもセンシティブだ。

本人のプライド、周囲への影響、社内の空気。。。様々な要素が絡み合う。
「もう少し様子を見よう」と先送りしているうちに、ダメージだけが積み上がっていく。

「どんなに優秀でも幹部にしない人の条件」を先に言語化しておく方が
よほど楽なのだ。

事業でも同じことが言える。

やらないことを決めていないから、目の前の案件に流される。
魅力的な話が来るたびに「これはどうするべきか」と悩む。

一つひとつの判断は悪くない選択に見えるし、実際にロジックも通っている。
しかし気づいたとき、自社が何屋なのか分からなくなっている。

新規の取引先に「どんな会社ですか」と聞かれて、答えに詰まる。
営業資料の「事業領域」の欄が、なぜか毎年少しずつ広がっている。

「選択と集中」とは分かっている。でも目の前の売上を捨てる決断は重い。
やらないことを決めるには、腹の底からの覚悟が要る。

その覚悟を支えるのが「絶対にやらないこと」という裏の言語化だ。
迷ったとき、その言葉が自社の論理として機能する。

このように「裏がなかったからこそ起こる問題」は、大抵やっかいなものばかりなのだ。
そして気づいたときには、すでに手遅れに近い。

裏に、その会社の本質が表れる

「裏の言語化」には、やっかいな問題を未然に防ぐという意味がある。

しかし、それだけではない。
裏を言語化しようとしたとき、初めて見えてくるものがある。

それが、その会社の本当の論理だ。

表とは、自分たちが選ぶものだ。
だからこそ、際限なく発想が広がる。

あれもしたい、これもしたい、あれが欲しい、これが欲しい。

どんな経営者でも、格好のいいビジョンを語ることはできる。
理想的な採用要件を書くことはできる。

しかし「裏」は違う。
「自分たちが選ばないもの」を問われたとき、人は取り繕えなくなる。
許せないものは、感情が先に出るからだ。

実際に白潟総研でも、石川が事業承継した際
最初に言語化したのは「表」ではなく「裏」だった。

例えば、承継した直後のメッセージは
「承継しても変わらないこと」だった。

具体的には
① 中小ベンチャー企業の社長を元気にする!「社長」に狂った会社であること
② ファンベース経営を”在り方”の中心におく!
③ コンサルティングファームであること。つまり、「人」が商品の会社であること

そして次に言語化した「裏」は顧客についてだ。
白潟総研では「取引しない社長」を明確に定めている。

基本原則は
白潟総研の最大の資本である”コンサルタント”の生産性と幸福度を下げる社長・会社。

さらに具体的に6つの指針を定めている。

① 我々を業者扱いをする殿様社長
②「自分・自社を特別待遇しろ」という自己中社長
③ 一緒に行うプロジェクトへのオーナーシップがない他責社長
④ 我々のお客様(他社の社長)の悪口を言う社長
⑤ 知らないことに否定から入る、できない理由を最初に考える…
  マイナス思考・素直じゃない・勉強嫌い社長
⑥ コンサルタントが応援したいと思えないカネゴン社長

これだけで、かなり輪郭のはっきりした会社になる。
どんな価値観で、何を大切にして、どんな会社でありたいのか。
表のビジョンをいくら読んでも、ここまでは分からない。

つまり白潟総研は
「こうありたい会社」を語る前に、「こうはならない会社」を先に定義した。

裏は取り繕えないからこそ、その会社の本当の論理が宿る。

では、あなたは何を言語化するか?

難しく考える必要はない。
「表」を考えるときは、必ず「裏」もセットで考える。それだけの話だ。

こんな人を採用したい ⇔ こんな人は絶対に採用しない
幹部になって欲しい人物像 ⇔ 幹部にしない前提条件
やること・事業領域 ⇔ 絶対にやらないこと
目指すビジョン ⇔ 達成したとしても喜べない未来像

「表」があるところに、必ず「裏」がある。
「裏」を言語化したとき、その会社だけの論理は輪郭を持つ。
あなたの「裏」は、なんでしょうか?

最後に

□ 採用で「この人は絶対に入れない」と即答できない
□ 幹部に登用するかのテーブルに上げる「幹部の前提条件」がない
□ 事業の撤退・中止基準が言語化されていない
□ 意思決定が“空気”で決まっていく側面が否めない

もし当てはまるなら
「裏」が言語化されていない状態で、意思決定を続けているかもしれません。

もしよければ、簡易的な「裏の言語化」キットがあるので
50分ほどで、自社の「裏」を一度整理してみませんか?

もし興味があれば、こちらから!

Tell:080-7619-4440
Mail:hattori@ssoken.co.jp 
Facebook:https://www.facebook.com/profile.php?id=100024887093844 
X:https://x.com/hattori_ssoken 
TimeRex:https://timerex.net/s/hattori_0a29_ecbe/8e5f5ecc 

また来月もお会いしましょう!