【服部 匡伯の異文化体験録】今、話題の「ゾス」…苦手な私(陰キャ)が、ゾスの極北イベントに行ったらどうなるのか?
※本ブログは、白潟総研の公式見解ではなく、服部の個人的な体験・今まで持っていた偏見を記録として残したものとなります。
ご存じの方も多いかと思いますが、
いま世間・SNSでは「ゾス」が大きな話題を生んでいます。
ゾスとは、いわゆる「とにかくやる!」という体育会系の社風を表した言葉です。
私は、ゾスが苦手でした。
大きな声、営業という仕事の美化、結果が人権という思想。
私が忌み嫌う資本主義の極北にいる集団だからです。
正直に言うと、少し怖かった。何だか、いじめられそうで・・・。
もちろん分かっていました。
わたしのような鬱屈した陰キャごときが
彼ら・彼女らの人生の登場人物になることなど、ありはしないと。
クラスの隅っこで
ずっと本を読んでいた人の顔を誰も思い出せないのと、同じこと。
でも、実はクラスの隅っこでずっと本を読んでいる人は
誰も知らないところで怯えているのだ。
あの人たちは、自分の内面の世界に、土足で踏み込んで、踏み荒らして。
それに飽きたら、放り出して、また次のものを探しに行ってしまうのではないかと。
バッタみたいなものだ。
道端で偶然動いているバッタを見つけて、捕まえて、
「足をちぎったらどうなるんだろう」なんて純粋な好奇心で、足をもがれて。
上手く歩くことができない姿をケラケラと笑いながら見て、
すぐに飽きて、その辺に捨てられて、数秒後には忘れ去られる。
だけど足をもがれたバッタから、足が生えてくることはない。
…そんな強烈に鬱屈した私の妄想から、一方的にゾスを苦手に感じていました。
一方で、自分でも分かっていました。
これは「宇宙人が嫌い」と言っているのと同じだと。
本来、知らないものは嫌いになれない。
きっとこの感情の正式な名前は「嫌悪」ではなく「恐怖」
だから、知ってみることにしました。
白潟総研代表の石川に誘われて、ゾスのイベントに。
https://x.com/kaito_1068042/status/2045061412595405113
誰もいない河原で「人間が嫌い」と言っているバッタよりも
人間様に正面切って、足を震わせながら、
「お前らは一体何なんだ」と強がってみるバッタの方が、ずっとかっこいい。
目次
でもやっぱり怖い
イベント会場に入ったら、既にうるさかった。
音がデカい、話している声がデカい。ゾスってみんな耳が遠いの?って感じるくらい。
全員が喋っていて、全員が笑っていて、なんか全員お酒を飲んでいて
何より、見た目が派手だ。
なるべく目立たないように、カウンターでドリンクを貰って
そそくさと後ろのふちの席に座った。
一旦心を落ち着けようと、電子タバコを吸いに行った。
そしたら、既に喫煙所には他のゾスが居て、全然落ち着かなかった。
開会してしばらくして、ゾス山本社長のDJが始まった。
……DJが始まった?
今回のイベントは、子会社社長の社長就任式。
子会社社長の社長就任式で、グループ社長がDJをやっていて、
ステージではどこの誰だか分からない人たちが、楽しそうに踊っていた。
ああ、やっぱりゾスって怖いな…もう帰りたいな…。
それが変わったのは、子会社社長に就任した花房航希さん(爆撃こーき)…爆撃こーき?のスピーチからだった。
ゾスに、感動していた自分がいた
今回、石川に誘われてイベントに参加した私は花房航希さんのことを何も知らない。
今回のイベントは、あえて何も調べずに、何も知らない状態でのぞみました。。
スピーチを聴き始めて60秒…「引き込まれている」と気づいた。
そのスピーチは自分に、会場全体に感動を生んでいた。
※横の石川に至っては、泣いていた。
スピーチが終わった後、すっかり花房社長…爆撃こーきさんのファンになっていた。
応援したいと思っていた。
なんだ…何が起きたんだ…?
苦手意識を持ってたゾスに感動する日が来るなど、想像だにしなかった。
帰り道は、ずっとそのことばかり考えていた。
なぜ感動を生んだのか?
組織コンサルタントとして、絶対に解明したい。せねば、ならない!
辿り着いた答えは、まさに白潟総研がお客様に提供している
「求心力を生み出す技術」
のお手本といえるスピーチだったということでした。
花房社長は最初に、怒りの話をした。
フィリピンへ留学に行ったときに出会った、怒りの話だ。
周知の事実だが、日本と違って、フィリピンは貧しい。
留学先のフィリピン人の英語教師は、日給が500円ほどだったと言う。
英語教師の家は簡素で、床には虫が湧いていた。
それでも手料理を振る舞い、彼を歓迎してくれたようだ。
彼は格差を目の当たりにした衝撃で、ご飯が喉を通らなかったと言っていた。
その後、彼はフィリピン人の多くが、日本に行くことを夢見ていることを知った。
ただ日本行きのチケットは、10万円もする。
日給500円では、10年経っても行けるか分からない。
夢が叶ったとしても、日本に旅立つことができるのは、一人だけになる。
彼の妻は、そうして5歳のときに、フィリピンに取り残された女の子だった。
そんな過去を持つ彼にとって、
特定技能「外食業」の新規受け入れ停止というニュースは
到底許すことができなかったのだろう。
政治批判とまではいかないが、政治・国への明確な怒りも露にしていた。
だから、「俺たち」がやらないといけないと、彼は言った。
日本は人口が減少していく。このままいくと、豊かな日本が消えてしまう。
そして外国には、日本に行くことを夢見ている人が大勢いる。
その人たちの夢を叶えることが、彼ら・彼女らの救いとなり
しいては日本を救うことに繋がると。
彼のスピーチをまとめると、こんな構成になっている。
1.私は~に怒っている、痛みを感じている
2.この状況を作っている悪者は、社会であり、同時に私たちでもある
3.ここから救われるには、~をすることが必要である
そして、この話を「正しい」と思ってもらうには、さらに2つの要素が必要となる。
一つ目が、理論的・歴史的な正当性。
二つ目が、なぜあなたがそれを言うことができるのか?という正統性。
花房社長のスピーチには、シンプルな三行と、
理論的・歴史的な正当性、そして彼が言うことの正統性が盛り込まれていた。
おそらく花房社長の本気の想いを語って結果、自然と、そうなっていた。
それが、あの感動の正体だった。
スピーチだけでは、なかった
帰ってから、YouTubeを漁ってみた。
気が付いたら、苦手だと思っていたゾスのyoutubeを見漁っていた。
そこで気づいたことは、スピーチだけではなかった、ということだ。
ゾスは、求心力を生み出す技術の集大成だった。
ゾスという言葉は凄まじい。おはようございます、ありがとうございます、承知しました。
全てが、この一言で済んでしまう。
同時にこの言葉は、言い訳を許してくれない。
脳みそが言い訳を考えるよりも前に、「ゾス」という言葉が出る。
同じ言語を話す者だけが分かり合える、1つの文化をカタチづくる、完全な共通言語なのだ。
また動画に頻繁に登場する皆藤常務という人物がいる。
山本社長の情熱を、数字と戦略の言葉に翻訳する「伝道師」としての役割を担っている。
そして爆撃こーき。
入社4年で子会社社長になった彼は
「本気でゾスすれば、20代でここまでいける」という生きた証明として存在している。
想いをつくる人間がいて、想いを伝える人間がいて、想いをを体現する人間がいる。
まさに、完璧な布陣だ。
想いを体現するために
必死に努力する毎日は、厳しく、つらい。。
それだけでは、どうしても「鬱屈」が生まれてしまう。
※文化人類学では、この日常で溜まる鬱屈を「ケ」と呼びます。
だから「祭り」が必要になる。
大人が本気で競い合う運動会や、今回の就任式も、その一つだろう。
※文化人類学では、この非日常を「ハレ」と呼びます。
日常で徹底的に鍛え、非日常で思いっきり発散する。
このリズムが熱狂を持続させていると確信した。
そして一番面白いのは、炎上だ。
インターン生への叱責動画が炎上したとき、外から批判が殺到した。
でも内側では逆のことが起きていたのではないかと思う。
「俺たちの本気が理解されない」という感覚が
おそらく仲間意識をさらに強めたはずだ。
皮肉にも、彼らの不幸を願ってやまない
外からの攻撃は、結果的に内側の結束を強めることになる。
迫害された集団ほど、強固に結びつくのは、歴史が何度も証明してきたことだ。
ゾスはアンチのおかげで、それを意図せず再現することができたのかもしれない。
帰り道に感じたあの熱気は、1つの芸術的とさえいえる組織文化として
長い年月をかけてつくり上げられたものだと思う。
言葉・人・儀式・リズム・炎上まで、全部が噛み合って回っている。
石川と、長いあいだ熱く議論してきた組織文化づくりの究極の姿が、そこにはあった。
芸術的な構造だ。構築美すら、感じるほどの。
美しくって、ため息が出る。
苦手の”質感”が変わった
今回のイベントを通して明確に変わったのは、苦手への”質感”だ。
最初は感情だった。対象への、少し攻撃的な感情。
しかし今は、認識へと変わった。
相手を知った上で「自分とは合わない」ということが分かった。
ゾスは、本物だった。やはり、バッタと人間が共に人生を過ごすことなど、ありはしなかった。
そして同時に、バッタが人間になることも、出来はしない。
ゾスは、純粋すぎる。
巨大なエネルギータンクを持っていて
それを非常に高い変換効率で、情熱や楽しさに変えてくる。
解消できない鬱屈を抱えてしまった人間というのは
エネルギーの変換効率が悪いのだ。あんなポジティブな情熱や楽しさは、持てない。
世の中を変えるのは、バッタではなく、人間様なのだろう。
バッタが変えられるのは、草の形くらいだ。
それは百も承知で、でも河原に帰る気にもなれないのは
どこかで、バッタの会心の一撃を食らわせてやろうと、
ひそかに思っているからなのかもしれない。
人間様ごときに、草の形など、変えられはしない。
わたしは、わたしにしかできないことを、変えられないことを、変えていきたいのだ。
最後にバッタらしくない話を、一つだけ
私は中小ベンチャー企業の経営者に向けて、組織づくりの支援をしています。
今日書いたような「求心力を生む出す技術」や「熱狂の構造」を、経営に実装する支援です。
経営者のスピーチ原稿作成のご依頼も、ちょろちょろいただいています。
ゾスとは真逆の、鬱屈したバッタがやっています。
もし興味があれば、こちらから。
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