社長の言葉が幹部に届かない”首長竜現象”を防ぐには。他流試合のすヽめ。
中小企業では、こんな光景が珍しくありません。
- ・社長だけが学び続け、幹部はほとんど情報収集をしない
- ・目の前の業務に追われ、未来の話をしようとすると幹部がYESを言ってくれなくなる
- ・新しい施策を議論しても「前例がない」「今は忙しい」で止められる
- ・社長の意図が伝わらず、何度説明しても響かない
- ・気づけば、社長だけが会社の未来を見ていて、社内で孤立していく
こうした現象のことを巷では “首長竜現象” と呼んでいます。
首長竜は“頭”が高い位置にあり、外の世界を遠くまで見渡しています。他方で“胴体”は低い位置にあります。
中小企業でも同じように、社長(=頭)は経営者どうしの交流や勉強で視野が広がる一方、幹部(=胴体)は社内に閉じこもり、現状維持で止まってしまう。結果として、どんどんと首が伸びて頭の位置は高くなっていくが、胴体は低い位置のままになって、社長と幹部で差が生まれてしまう。これを首長竜現象と呼びます。
本記事では、この首長竜現象について掘り下げ、対策を考えていきます。
目次
- Ⅰ. 首長竜現象がもたらすリスク
- ー ●ステップ①:社長の話が幹部に通じなくなる
- ー ●ステップ②:戦略が実行されなくなる
- ー ●ステップ③:若手が育たなくなる
- Ⅱ. 首長竜現象が起きる“構造的理由”
- ー ●理由①:社長と幹部の「情報量」に差がある
- ー ●理由②:社長と幹部の「時間軸」 に差がある
- Ⅲ. 幹部の他流試合が首長竜現象を変える
- ー ●他流試合が幹部の思考をやわらかくする(越境学習)
- ー ●他流試合がアイデアと気づきをうむ(弱い紐帯の強さ理論)
- Ⅳ. 他流試合でどんな変化が起きるか
- ー ●変化例①:社長の言っていたことを、他社を通して理解する
- ー ●変化例②:幹部の役割を改めて意識する
- ー ●変化例③:他社の取り組みに刺激を受ける
- Ⅴ. 効果的な他流試合を行うには
- ー ●ポイント①:交流会ではなく”気づき”がうまれる場を設計する
- ー ●ポイント②:日常の延長線ではなく”非日常の場”をつくる
- ー ●ポイント③:じっくり語れる長時間の場で議論する
- Ⅵ. 最後に:幹部が変わると、組織の未来は変わる
Ⅰ. 首長竜現象がもたらすリスク
首長竜現象の怖さは、社長本人がどれだけ努力しても、幹部が変わらないため組織全体が成長しなくなる点にあります。3つの段階を踏みながら、徐々に組織が硬直化し、成長が停滞してしまいます。
●ステップ①:社長の話が幹部に通じなくなる
社長は経営者同士の交流や他社の取り組みから学び、会社の将来に目を向けています。
一方で幹部は、日々の現場対応や社内の慣習に軸足を置き、どうしても“いま目の前の世界”で判断しがちです。
その結果、社長と幹部で“時間軸”や“見ている世界”がまったく違う状態が生まれます。言葉は次第に幹部に届かなくなり、社長は疲弊してしまいます。
●ステップ②:戦略が実行されなくなる
言葉のズレは、やがて実行レベルのズレへと変わります。
将来の話を理解できていないままでは、社長がどれだけ良い戦略を示しても、幹部には“現実味のない理想論”に聞こえます。
戦略が理解されないため、徐々に指示も通りづらくなり、戦略が実行されなくなってしまいます。
●ステップ③:若手が育たなくなる
幹部の硬直的な態度は若手に大きく影響を与えます。
若手が新しい視点をもって提案してみても、受け入れられないと分かると、現状維持が正解だと学習してしまいます。
そのような状況が続けば、将来を考えられるリーダーが育たず、組織全体が内向きになっていきます。
Ⅱ. 首長竜現象が起きる“構造的理由”
この首長竜現象ですが、決して幹部自身の責任だけで起こるものではありません。
社長と幹部がそれぞれ担っている役割の違い、日々接している情報の違い、置かれている立場の違いが重なり、自然に発生してしまう構造的な現象です。
●理由①:社長と幹部の「情報量」に差がある
社長は、経営者同士の交流や金融機関・専門家との対話を通じて、外部の動きや他社の成功・失敗事例に触れ続けています。一方で幹部が触れる情報は、多くの場合「自社の現場の出来事」「現状の課題」に限られます。
情報量の差が、社長と幹部の思考の前提を変え、やがて会話のズレとなって表面化してしまいます。
●理由②:社長と幹部の「時間軸」 に差がある
社長の役割は、3年後・5年後の会社の姿を描き、そこから逆算して意思決定を行うことです。一方で幹部は、現場を守り安定させる役割を担うことが多いです。
つまり、社長は未来から判断し、幹部は現在から判断するということです。
以上の理由で、首長竜現象は構造的に自然に発生します。
恐ろしいのは、”構造的に”発生するという点です。
つまり、自然に解消されることはなく、放置しても改善しません。
次章では、この構造をどう変えていくのかを考えていきます。
Ⅲ. 幹部の他流試合が首長竜現象を変える
首長竜現象を根本から解消するには、社長と幹部の視座をそろえる必要があります。
「会社の将来について社長が考えていること」を幹部と時間をとって共有し、「将来について考えることも幹部の役割である」と伝えなければいけません。
とはいえ、社長がどれだけ未来の話を語っても、幹部の思考が現場にある限り、すれ違いは続いてしまいます。
このギャップを乗り越える強力な手段が、「他社の幹部との交流」です。自分たちとは異なる基準や価値観に触れることで、幹部の思考は少しずつアップデートされていきます。
●他流試合が幹部の思考をやわらかくする(越境学習)
この変化を支える理論の一つが「越境学習(Boundary Crossing)」です。
教育研究者AkkermanとBakkerは、「すべての学びは境界を含む(All learning involves boundaries)」と述べ、学びが起きる本質的条件として“自分の枠を越えること”を挙げています。
他社の幹部と対話し、自社との違いに触れることで、幹部は「自社の前提」そのものを問い直し始めます。 一度でも「外の視点」で自社を眺めた経験があるかどうかで、視座が大きく変わってくるのです。
▼参考となる研究
“All learning involves boundaries.”
— Akkerman & Bakker (2011), Boundary Crossing and Boundary Objects, Review of Educational Research, 81(2), 132–169
●他流試合がアイデアと気づきをうむ(弱い紐帯の強さ理論)
幹部の思考を柔らかくするだけでなく、他流試合は新しい気づきの宝庫でもあります。
社会学者マーク・グラノヴェッターの研究によれば、人にとって本当に重要な情報や機会は、濃密な人間関係(強い紐帯)ではなく、日常的に接していない“ゆるやかな関係”からもたらされることが多いとされています。
つまり、偶然的で弱いつながりが、視野を広げるために不可欠なのです。
社内だけに閉じこもると、情報も思考も同じ空気に染まっていきます。だからこそ、幹部が社外と接点を持つことそのものが、大きな意味を持つのです。
社外と接点を持つことそのものが、大きな意味を持つのです。
“Weak ties are shown to be essential to individuals’ opportunities and to their integration into communities.”
— Granovetter (1973), The Strength of Weak Ties, American Journal of Sociology, 78(6), 1360–1380
Ⅳ. 他流試合でどんな変化が起きるか
幹部が他社の幹部と対話を重ねることで変化が現れます。
ここでは、実際に弊社で行った他流試合の機会を取り入れた研修の声をご紹介しながらご説明します。
●変化例①:社長の言っていたことを、他社を通して理解する
他社の幹部と話すことで、自社の社長が普段から語っていたことが、ようやくリアルに理解できるようになる。そんなケースは珍しくありません。
製造業・幹部の声
「目の前の仕事のことは度々社長と話していたけど、社長の期待や自分の役割のすり合わせはできていないことに他流試合で気づきました。改めて幹部として求められていることは何かを考えなければと思い、社長とランチに行く時間を捻出しました。一緒に研修に参加した幹部とも、3時間以上自分たちの役割について語り明かし、貴重な機会になりました。
●変化例②:幹部の役割を改めて意識する
他社の幹部の姿を見て比較することで、自分の基準が引きあがります。
IT業・幹部の声
「プロジェクトマネジメントは行っていましたが、今までほどんど組織のことを気にかけたピープルマネジメントをすることはありませんでした。他社の幹部との会話をきっかけに、部下への表情など気にかけるようになりました。アドバイスをもらいながら実践することで、部門の雰囲気が明るく一変しました。」
●変化例③:他社の取り組みに刺激を受ける
異なる業界・業種の取り組みに触れることで、「自分たちに足りないこと」が見えてきます。
製造販売業・幹部の声
「他社の幹部の方が、積極的に地域貢献活動をしているときいて、自社にも必要なのではないかと気づかされました。普段は目の前の仕事を気にしているため、他社の取り組みを見ると気が引き締まると思います。」
Ⅴ. 効果的な他流試合を行うには
ここまで見てきたように、幹部が社外と接点を持ち、視野を広げることは「首長竜現象」を抜け出す大きな一歩になります。
ただし、単に外に出て人と話せばよいわけではありません。もちろん、ちょっとした交流にも一定の効果はありますが、本当に意味のある変化を生むには、普段の業務や役割から離れ、自社の将来についてじっくりと考える機会を設計することが重要です。
●ポイント①:交流会ではなく”気づき”がうまれる場を設計する
幹部に外部接点となると交流会や名刺交換会を考えがちです。しかし、最も重要なのは、自分自身の思考や視座を一段引き上げる気づきの場を設計することです。
つまり、
「このまま5年後、会社はどうなっているのか?」
「そのときに自分はどんな役割を果たすべきなのか?」
といった問いを持てる状態を意図的にデザインする必要があります。
●ポイント②:日常の延長線ではなく”非日常の場”をつくる
現場の延長にいる限り、幹部の思考はなかなか切り替わりません。普段の会議室や日常業務のなかで考えるのではなく、「あえて非日常の場に身を置く」ことが、視点を揺さぶるきっかけになります。例えば「現場から離れ、泊まりがけで他社幹部と議論する合宿」など日常から離れることで、思考のアップデートが起こりやすくなります。
●ポイント③:じっくり語れる長時間の場で議論する
外部交流を通じて得られた気づきは、可能な限り社内に還元する必要があります。ただし短時間で「施策化する」「報告書にまとめる」といったやりかたでは、定型的な議論に収まってしまいます。
深く思考を深めるための長時間の対話の場が重要です。
Ⅵ. 最後に:幹部が変わると、組織の未来は変わる
中小企業にとっては、社長と幹部こそが最大の組織の要です。
だからこそ首長竜現象が大きなリスクになるのと同時に、幹部が変化・成長していけば大きなインパクトをもたらします。
幹部が外に出て、視座を引き上げる他流試合の施策は、会社の未来をつくる施策の一つです。
最後まで記事を読んでいただき、ありがとうございました。
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